「佐治与九郎覚え書」は、井上靖(1907-1991)の初期の作品です。昭和32年、小説新潮に連載され、後に、天目山の雲(角川文庫)・真田軍記(旺文社文庫)・楼蘭(ロマンブックス)の三つの各文庫本(三つ共、絶版)の中に収録されました。
昭和38年1月18日にはTBS系「近鉄金曜劇場」というテレビ番組で、この作品は放送されました。
脚色は依田義賢。主演は平幹二朗、八千草薫。
この作品のストーリーの後半、与九郎の消息ははっきりしていませんでしたね。
なぜ、京都に移り住んだのか。
史実をたどると、与九郎を保護していた織田信包は、1590年小田原征伐時に敵の助命を秀吉に嘆願したため秀吉の怒りを買い、1594年伊勢津城を改易される。それに伴い、剃髪して老犬斎と号し、京都の慈雲院に暮らしました。が、その後、秀吉の側近となり、まず近江を与えられ、そして1598年には丹波柏原を与えられました。私の推測ですが、物語通りでなく、与九郎は丹波柏原には信包と帯同せず、そのまま、京都に滞在したのではないでしょうか。強制的に離縁させられた秀吉の家臣にはなりたくなかったのでは…。
1610年、与九郎は信長の娘・お振(彼女も再婚)と再婚、嫡男為成 を儲けている。
将軍の妻となった小江(おごう)は、小江与(おえよ)と改名。
与九郎の「与」をとって付けたのではと、推測するのは流石に考えすぎか…。
ただ、互いの一番至福の時は、大野城にいた2年間であることはまちがいないと思います。

