歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

セントレアのちょっと北「愛知県常滑市大野町」のまちおこしブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

大野海水浴場の立役者・後藤新平

gotosinpei2.jpg

大野海水浴場は、「世界最古の海水浴場」とも呼ばれる古い歴史を持つ。
1881(明治 14)年、. 愛知県病院長だった後藤新平がこの地を訪れて現地調査を行い、
日本最初の海水浴啓蒙書とい.われる『海水功用論』を著した。
これをきっかけに加温海水浴場など設備も整えられ、旅館も多数建設された。
いわば、後藤新平は大野海水浴場の功労者だ。
上の写真は、大正9年大野町役場で撮られた貴重な写真。
前列中央の白い服が、当時内務大臣だった後藤新平です。
周りは当時の大野の有力者達。
前列向かって左から二人目は大庄屋・平野助三郎。
それ以外の人の名ははわかりません
御存知の方、御一報を。

スポンサーサイト

PageTop

大野に海女さん

onoama.jpg

これ、猥褻画像じゃありません。
昔はよく、大野海水浴場に、伊勢志摩から海女さんが観光PRに来られたそうです。
その時の写真です。
私、数年前伊勢志摩へ行って海女さんのデモンストレーション見た時は
ちゃんと上半身も身を纏っていましたけど、昔はそうじゃなかったみたいですね。
江戸時代に描かれた『尾張名所図会』の中の潮湯治をしている女性や
明治時代の頃の女相撲の写真も平気でおっぱい丸出しだったし、
昔は今より性が開放的だったのでしょうか?


PageTop

バラエティ番組が「大野海水浴場」を紹介

sirusiru.jpg

高橋さんから電話がかかってきた。
「ものすごい情報がある!」いきなりの口癖。
「今度は何ですか?」
「君のブログを見て、東京のテレビ局が大野の取材にきたぞ。今度大野海水浴場がテレビに出るそうだ」
「えー、そりゃ本当にすごい」
「わしの顔を見るなり、初対面の東京から来たプロデューサーがいきなり高橋さんですよねと言いよった」
当ブログに高橋さんの顔がふんだんに出ているため、最近高橋さんはかなりメジャーになっちゃってる。(笑)
常滑観光協会に取材の問合せがあり、歴史に詳しい高橋さんにお呼びがかかったとのこと。
「で、どんな番組ですか?」
「えっと、何だったかな?」

あとで調べてわかった。
テレビ朝日(名古屋地区はメ~テレ)の「シルシルミシル」(毎週水曜23:15放送)という情報バラエティ番組。
大野海水浴場が取り上げられるのは、7/15か7/24のどちらかだそうです。
特に特集されるということじゃないみたいです。
でも、当ブログがきっかけで、地元が番組に取り上げられることになって、ものすごく嬉しいです。
取り上げて頂いたプロデューサーさん、出世まちがいなし!

PageTop

大野でドラマ撮影

oonoroke.jpg
7月10日、伊勢湾台風を題材としたドラマのロケ撮影が大野で行われました。
東海テレビの昼の帯ドラマ「嵐がくれたもの」という番組。
岩崎ひろみさんが女性警察官節子役で主演。
8月31日から44回シリーズで放送されるそうです。

しかし、最近なぜか大野はテレビづいてますね。

PageTop

この夏、メルヘンの世界「久野晴美 絵画展」

kuno1.jpg 「花を届けに」

この夏、雰囲気のいい茶房でメルヘンの世界を見にいきませんか?

久野晴美 絵画展:
2009年7月23日(木)~8月10日(月)まで
10:00~17:00 火水休み
茶房ギャラリー鬼無里(きなさ)
場所/知多市八幡字汐海道161
℡0562-36-0254

・国道155線「知多市役所東」交差点から北東約930m
・名鉄常滑線「朝倉駅」より徒歩10分
kinasaMap.gif

PageTop

大草にあった山車

ookusadasi.jpg

今はありませんが、以前は大草(大野の北隣・知多市)にも山車がありました。
津島天王祭にでる車楽船の宵祭の飾り付けと同じ形態で大変珍しい山車です。
大野権現町の「権丸」のように、巻藁提灯がついていますね。
大草の祭りは夏の暑い頃に行なわれたそうです。
この写真は高橋さんの記憶では昭和30年頃じゃないかとのこと。
とても貴重な写真です。

PageTop

大野の「大政」を追え! 13

仮説・次郎長と大政との出会い  3

弘化3年(1846)夏。
次郎長と子分の鶴吉は大野湊に向かう。
途中、寺津の治助親分の所に世話になったお礼を言いに立ち寄る。
また、剣術の指南をしてもらった吉良の武一のところにも。
「ほう、これから大野に行くのかい。俺はこのかたまだ行ったことがねえな。潮湯治が身体にいいんだってな。どうだい、邪魔じゃなかったら連れてってくれねえか」と武一。
「邪魔とは滅相もねえ。世話になった武一さんの頼みごとを断るわけにゃいけませんよ」
彼が賭博の儲けを無心していることを次郎長は充分理解している。

三人が大野に着いたのは、その日の昼過ぎだった。
蝉がけたたましく鳴りわたる中、神社の境内に人だかりがある。
「おや、相撲興行やってやすね。ちょっくら見にいきやすか」と鶴吉。
次郎長が土俵上を見ると、
「久六じゃねえか」
土俵上東方の力士は、2年前博打で大負けして困っていた所を助けてやった久六だった。
「久六の奴、博打は止めて、相撲に精進するように言った親分の言葉を守ったんすね」
「どうだろうなあ。あいつの目は前と同じで死んでやがる・・・。それにしても対戦相手の若い方はいい目をしてやがるぜ」
相手の若い力士はま10代半ば。上背こそあるが体はきゃしゃでまだ大人の身体にはなりきっていない。 聞いたところ今回が初土表とのこと。
一方の久六は力士としては円熟期。身体はがっしりし、技としての老獪さも定評がある。
「こいつあ、ひどい取組だ。久六ついてやがる」
「いや、この勝負わからんぜ」
久六、立会いいきなりの張り手。間髪いれず、突っ張りの連打。一気に土俵際まで
必死でこらえる。なんとか前褌をつかみ、土俵を丸く使い、難を逃れる。
それでも久六、両まわしを掴むと、お構いなしに一気のがぶり寄り。
土俵際、捨て身の首投げ。
決まったー。
行司が勝ち名乗りをあげる
「熊蔵~」
蝉のけたたましい鳴き声と歓声の中、次郎長と大政との運命の出会いはこの時だった。
(つづく)


久石譲 summerより

PageTop

大野海岸PR隊、名古屋へ行く

oonokpr.jpg

これも昭和30年頃の写真です。
常滑観光協会が、トラックを繰り出し、県庁まで、大野海水浴場をPRに行っていました。
荷台の上に乗っているビキニ姿の男性がとてもユニークですね。

PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。