この大変めずらしい鋳銅製の鳥居は、元禄7年(1694年)江戸を中心とする関東地方で活躍する辻の鋳物師たちや辻村の人々などの奉加によって江戸深川において鋳造、ここの氏神である井口天満社に寄進されたものだそうです。「写真をお取りですか?」
と自転車に乗った地元の男性の方が寄ってこられたので、その方に色々聞いてみました。
「愛知県の大野鍛冶のルーツがこちらだと聞いたのですが?」
「そうですか。今はあれですけど、辻の鋳物は古くから栄えてて、日本中に辻の鋳物師がちらばったそうですわ。特に江戸時代に何百人ものもんが江戸の方へ行って、活躍したそうですわ。」
「へえ、すごいですね。平安時代末期の頃のことはわかりませんか」
「ようわかりませんわ。でも和同開珎造ったのも辻ですので、おたくの言うとおり愛知県にもいっとったちゃいますか」
「えっ、和同開珎造ったのも辻ですか?」
「あちらに石碑があるので見てくるとよろしいですわ」
「どうもありがとうございます」
その石碑は神社のすぐ横、公民館のところにありました。厳密に言うと、ここの土が和同開珎製造の時使用されたそうです。(造られたところは京都府南部の加茂町)
いずれにしても辻の鋳物の歴史は素晴しいものがあります。
近隣にある日野鉄砲で有名な、日野町(以前行ったことのある)には、近江日野商人館というところがあり、そこには、大野鍛冶も造った「鐙」も展示されています。日野には鍛冶町という地名もありました。
近江辻村は今でこそ、その面影はありませんが、しっかりとその歴史は刻まれていました。
でも大野に関係するものがこの土地にあったらいいなと思っていたので、ちょっぴり残念。
歴史を調べるのって大変ですね。
(おわり)























