歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

セントレアのちょっと北「愛知県常滑市大野町」のまちおこしブログ

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「世界最古の大野海水浴場 」の話7

「世界最古」は負の遺産?
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「世界最古?本当かよ。なんか、いかがわしいなあ」という声を聞き、地元の人ですら、「日本中に、日本最古と名乗ってる海水浴場はいっぱいあるってよ。鴨長明の句も本当かどうか。あまり大きな声で世界最古って言わん方がいいなあ」という始末。これでは、せっかくの地元の景勝地なのに、「世界最古」と名乗ることは負の遺産に思えます。
何とかそれを払拭できないか。そう思い、今回、微力ながらも「本当に世界最古?」を調べてみました。

そして、現時点で、調べてわかったことはここまでです。

今のところ、大野より古い「海水浴場」は確認できていませんが、正直、今後確認される可能性はないとは言えないでしょう。
しかし、大野がかなり古い歴史を有していることはまちがいなく、厳密に言うと
「世界最古と呼ばれる程の古い歴史を持つ海水浴場」といったところでしょうか?
今後、大野海水浴場に関する新たな歴史的事実や世界中の「現存する海水浴場の営業開始年」等、皆様の情報お待ちしています。

また、日本中にたくさんある「日本最古」の件ですが、決して「ナンバーワン」という意味でなく「そう名乗っていいほど古い歴史のある」という意味だと私は解釈します。
お互いが「最古」を否定しあうのはナンセンスであり、むしろ逆手にとり、「おらの海水浴場が日本最古だサミット」でも開いて、各々の海水浴場の歴史やいい所をPRしあえばいいのでは…?

大野海水浴場のいい所を言いますと、
・鴨長明や家康・秀忠など歴史上の人物が訪れた程の名勝地である。
・明治に内務省の後藤新平らが海水試験が行ない、分析の結果、化学的効果が著しいことが判明し、海内好箇の海水浴場であると賞賛を受けた。
・近くでウインドサーフィン等のマリンスポーツや釣が行なえる。
・名古屋に近い。セントレアも近い。
・夕日がとても綺麗。
・三年前にウミガメの産卵が確認された。等

地元の人は、「大野海水浴場」をもっと誇りにもっていいと思います。
今後、この観光資源を生かし、「世界最古」ならぬ「世界最高の海水浴場」と言われるような素晴しい観光地化を推進し、行楽客が増えることを願ってやみません。
(おわり)

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第9回尾張大野古今散策ポスター

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今年の古今散策のポスターの絵柄は、「平野邸のウダツ」です。

今年で古今散策は9回を数えました。
10/19(金)~21(土)の開催です。
皆さ~ん、ぜひお越しくださーい。\ ( @^◇ ^@)/
詳細はおって説明します。


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[第9回古今散策]散策ラリー案内

第9回尾張大野古今散策散策ラリーに参加しよう!

わいわい広場*日時ー10/21(日)のみ10時~16時
*受付・集合場所ーわくわく広場 (大野町駅前)


◆歴史散策ツアー
山下さん ガイドヘルパーが大野の見所を案内します。
 参加費200円・出発時間は10~13時まで随時

◆八っとこめぐり
スタンプラリー スタンプラリーのことです。
 8ヶ所中、5個以上のスタンプを
 集めると景品がもらえます。
スタンプ設置場所=斉年寺/ビャクシンの木/光明院/蓮台寺/
平野邸うだつ/るりが浜/宝蔵寺/海音寺

◆モデル撮影会
9kokin4.jpg 10時より、町並みを背景に、着物美女の撮影会。
 *撮影した作品で写真コンテストも開催します。
 (賞状・賞品・写真展あり)


次回はギャラリー散策めぐりを紹介します。

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ここらの地方の食べ物「地豆」

地豆

「地豆?何それ、知らない」
て、名古屋の人が言ったので紹介します。
こちらでは、当たり前のように家庭で食べます。
作り方は簡単。
生の落花生を殻のまま、よく洗ってから、ナベで30分から1時間かけて塩茹でします。それだけです。
ビールのおつまみや子供のおやつにピッタリ。
一度お試しあれ。

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[第9回古今散策]ギャラリー案内

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地図クリックすると拡大します。

散策めぐりには、40店以上ものギャラリーが出店。
作品展・喫茶など魅力がいっぱい!一部紹介しますと、

(2)エコゲーム
ゴミを減らす「環境ゲーム」
各ギャラリーでエコに協力、抽選で色々な景品が当ります。
(28)世間遺産写真展
後世に残したい市内の風景~樂游館(らくゆうくわん)にて3日間開催
(1)鬼泣かせゲーム
わくわく広場にて、一回100円 21日(日)のみ
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次回は「キャンドルナイト」を紹介します。

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[第9回古今散策]キャンドルナイト

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(写真は、足助のたんころまつりより)

キャンドルナイト 20日(土)19時頃より
大野橋周辺及び各ギャラリーにて

このイベントは今年からの開催!
環境省の省エネについての啓蒙イベント「百万人のキャンドルナイト」に賛同したイベントです。
電気をけして、スローな夜を in 大野町

キャンドルライブ
○安藤誠の映像・話・歌&お粥16:00~(樂游館)
○津軽三味線(大野町きょう屋)
○三味線(ギャラリー善八)
○「カタコト」のうたとギター(蔵真)

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盛泉寺と久米の鋳物師

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古く鋳物師が久米にいたということは「張州府志」に載っています。

江戸時代尾張藩では名古屋の水野太郎左衛門一家しか、鋳物は認められていませんでした。しかし、久米の片山武兵衛一家は平安末期から先祖代々朝廷より鋳物を全国どこでやってもよい勅許をもらっていました。

盛泉寺には、藤原朝臣片山平左衛門の銘の入った直径三十センチの青銅の鰐口と言われる平たい梵鐘が伝わっていて、市の指定文化財になっています。

盛泉寺:真宗大谷派/0569-42-0852/常滑市久米字西郷26
盛泉寺

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前山の「八百姫神社」参拝で、美人長寿になろう!

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昔、前山に大変親孝行でよく働く娘さんがいて、いつまでも娘の若さと美貌がおとろえることがなく、800年も生きてしまったという「八百姫伝説」があります。
800年目の誕生日に、諏訪神社の境内に、娘さんは穴を掘り、穴の入口に椿の木を植えました。
そして、「私はおいとまします。私がこの穴に入ったらどうぞ土をかぶせて下さい。椿の木が生きてくれましょう。この木が生きている間は、私もこの穴の中で生きているのです」と言って村人に別れを告げたそうです。
その椿の木は今、諏訪神社の境内にある「八百姫神社」の小さな祠をおおって緑の木陰を作っています。
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二枚目の写真は戦前(昭和8年)のものです。
当時、美人長寿の「八百姫」にあやかろうと、遠方からも乙女たちが大勢、祈願に訪れたそうです。
そこの貴女もいかがですか?

八百姫神社:常滑市金山字前山菖蒲池・諏訪神社境内内
八百姫神社

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大野鍛冶のルーツ「近江辻村」へ行く(前編)

tsuji.gif大野町史によれば、大野鍛冶の起源は古く、応保元年(1161年)に近江の辻村の鍛冶工6人(川上瀬左衛門・二之宮彌治兵衛・山下利左衛門・深谷與五兵衛・谷口一間太・久瀬宇源治)が伊勢を経て、大野に移住してきたのが大野鍛冶の始まりだそうです。
前に紹介した「久米の鋳物師」もほぼ同じ頃に辻村から来たそうです。
大野鍛冶は最初、主に鐙(あぶみ)・鍔(つば)等の武具を造っていましたが、後に、江戸の太平の時代になってからは、舟鍛冶・農鍛冶と分かれ、大野を中心に知多半島中に多数の鍛冶工に膨れ上がりました。
大野の黒鍬衆が活躍したのも、大野鍛冶が造った黒鍬があったからです。
大野鍛冶のルーツ近江の辻村てどんなところだろう?
という訳で今年の盆休みを利用して、ブラッと行ってきました。

近江の辻村は、現在、滋賀県栗東市辻になっています。
名神高速道路栗東ICを降りて、すぐのところにあります。

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辻は小さな町で、車でぐるっと一周してみました。
「昔、ここにいた人達が大野にやって来たんだ」と思うと少し感慨深い気にもなりました。
しかし、「きっとすごい鍛冶街なんだろうな」という予想は大きくはずれて、普通に民家がたたずむ静かな町でした。
車を勝手に空き地に停めて、町を歩いてみました。
それでも、小さな古い鉄工所が数件ありましたので、辻の鍛冶について訊ねてみようと思いましたが、あいにくお盆でどこも閉まっていました。

しばらく歩くと、天満社がありました。
そこの鳥居はなんと鋳鉄でできていました。 (つづく)

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大野鍛冶のルーツ「近江辻村」へ行く(後編)

20071002041349.jpgこの大変めずらしい鋳銅製の鳥居は、元禄7年(1694年)江戸を中心とする関東地方で活躍する辻の鋳物師たちや辻村の人々などの奉加によって江戸深川において鋳造、ここの氏神である井口天満社に寄進されたものだそうです。
「写真をお取りですか?」
と自転車に乗った地元の男性の方が寄ってこられたので、その方に色々聞いてみました。
「愛知県の大野鍛冶のルーツがこちらだと聞いたのですが?」
「そうですか。今はあれですけど、辻の鋳物は古くから栄えてて、日本中に辻の鋳物師がちらばったそうですわ。特に江戸時代に何百人ものもんが江戸の方へ行って、活躍したそうですわ。」
「へえ、すごいですね。平安時代末期の頃のことはわかりませんか」
「ようわかりませんわ。でも和同開珎造ったのも辻ですので、おたくの言うとおり愛知県にもいっとったちゃいますか」
「えっ、和同開珎造ったのも辻ですか?」
「あちらに石碑があるので見てくるとよろしいですわ」
「どうもありがとうございます」

tsuji4.jpgその石碑は神社のすぐ横、公民館のところにありました。
厳密に言うと、ここの土が和同開珎製造の時使用されたそうです。(造られたところは京都府南部の加茂町)
いずれにしても辻の鋳物の歴史は素晴しいものがあります。
近隣にある日野鉄砲で有名な、日野町(以前行ったことのある)には、近江日野商人館というところがあり、そこには、大野鍛冶も造った「鐙」も展示されています。日野には鍛冶町という地名もありました。
近江辻村は今でこそ、その面影はありませんが、しっかりとその歴史は刻まれていました。
でも大野に関係するものがこの土地にあったらいいなと思っていたので、ちょっぴり残念。
歴史を調べるのって大変ですね。
(おわり)


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