歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

セントレアのちょっと北「愛知県常滑市大野町」のまちおこしブログ

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各地で高い評価の「大野の黒鍬」

新美南吉の童話にも度々登場する、大野から半田・亀崎に至る「大野街道」は、
かつて「黒鍬街道」とも呼ばれていました。
100年ほど前までの大野街道は、鍬頭と呼ばれる親方を中心に、黒鍬衆と呼ばれる10~30名ほどの集団が行き来していました。
黒鍬とは、一般の土や石を運搬する人足とは別に組織される土木技術者集団のことです。

onokaidou1.jpg以前に述べた「大野鍛冶」と、「大野の黒鍬衆」とは密接で、大野鍛冶が作った鍬の一種に、刃先の巾が約24㎝、重さが約2.25㎏と、普通の鍬の約2倍の大きさと重さの鍬があります。
その道具としての黒鍬は、「竹の根を切るのは豆腐を切るがごとし」「池などを新しく掘る時は、ほかの鍬の3挺分の働きをする」ほどの威力がありました。

この黒鍬が得意とした工事は堤造りで、雨池を造ったり、海岸や川岸に土手を築いたり、というのが黒鍬の活躍の場でした。
知多半島に数多くある雨池も多くは黒鍬が築造したものと思われます。農閑期には三河・美濃・伊勢地方、さらには京都・奈良・大坂など遠く近畿地方にまで出稼ぎに行っていました。
製塩で有名な赤穂でも塩浜の堤普請を請け負っています。
大野の黒鍬の技術は各地で高い評価を受けていたのです。

写真は大野街道の終点。新美南吉・黒鍬衆はまちがいなくこの街道を通りました。

大野街道終点

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「新美南吉」と「大野町」

nankichi1.jpg


半田市岩滑出身の有名な童話作家・新美南吉はよく大野町に訪れています。童話の中にたびたび大野が登場します。特に「おじいさんのランプ」では、日露戦争じぶんの頃の、繁栄していた大野の町の情景がリアルに描かれています。主人公の巳之助は、大野街道を通り、大野の町に行き、ランプを購入しました。


 nankichi2.jpg


その部分を抜粋、紹介します。

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海上安全の神「こんぴら様」祀る「松栄寺」

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院内に、守護神として、通称「こんぴら様」と親しまれている海上安全の神・金毘羅大権現が祀られています。すぐ西側には、大野漁港が位置しています。
観音さま(知多百観音80番霊場)や、弘法さま(大野谷二十一大師奥の院)も安置、
また、現在宮山にある「帆下げ天神」発祥の寺としても有名です。(「帆下げ天神」についての話は後日お話します)

syoeiji2.jpg syoeiji3.jpg

konpiradori1.jpg
松栄寺へ入る小路は、「こんぴら小路」または「禰宜町小路」と呼ばれています。
細い路地ですが、風情がありますよ。

松栄寺
天満山松栄寺:天台宗/阿弥陀如来/大野町8-119/大祭11月10日

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書道界のホープ・玉稀さん

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玉稀さん(本名ー山下眞貴子)は、常滑市西之口生まれ。年齢は伊東美咲と同じ位(?)。
一昨年、あの難関な「日書展」に唯一20代で入選を果たした、書道界のホープです。

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6月3日、阿久比にて、書のデモンストレーションを行いました。
なんと、筆を使わず、軍手をはめた手で書いています。

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筆の形をした「百度石」in「天満社」

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天満社には、全国でも珍しい筆の形をした「百度石」があります。
なぜ、こんな形をしてるのでしょうか?

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前にお話した通り、昔「松栄寺」に祀られていた「帆下げ天神」が、現在ここ宮山の天満社に祀られています。(江戸時代中期頃移転)
海寺である「松栄寺」に祀られていた頃、この下の海を往復する船舶は、必ず帆を下して過ぎ、祭神の菅原道実公に敬意を表す習慣がありました。
もし誤って帆を下げないと船が進まないので、「帆下げ天神」の名が生れました。
しかし、道実公遠流(おんる)の恨みは、白帆を見る度に思い出され、それでは余りにおいたわしいと、大野の海辺から、海の見えない山影の宮山へ移したものと言われています。

tenman3.jpg

御祭神は学問の神様、菅原道実公。
筆の形をした百度石は、手で撫でると習字が上手くなると願ったのでは?
石には、慶応2年・大野・間瀬藤助と記されてありました。

天満社
天満社:12級社/御祭神 菅原道実/例祭日4月10日/常滑市金山字西下手39

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タッタ一日だけの「鈴木翁二の大展覧会」 7/1(日) 樂游館

suzukioji.jpg

7/1(日)に、樂游館にて、タッタ一日だけの「鈴木翁二の大展覧会」を行います。

60年代から70年代にかけ人気のあった漫画「ガロ」に
掲載されたり、映画なども作られている、鈴木翁二さんの
絵・歌・映画・幻灯上映を行います。
歌は、下手だけど、かなり味があります。
(歌・映画・幻灯上映は前売り2500円/当日2800円=要予約/1ドリンク=注文制…有料)
(絵は、その日の終日まで無料で観覧できます)

また絵や彼の世界観は色々な人物にも影響を与えています。
私のデザイン学校での同級生には学生時代からガロに投稿していた
漫画家「川崎ゆきお」がいます。
全共闘の学生なども愛読していた「ガロ」は、
その世代の人達にとっては懐かしい響きを持っています。
もし時間があればご予約、お越し下さい。

*********************
鈴木翁二 【すずき・おうじ】
別ペンネーム・カルメ・コウチ。
1949年、愛知県生まれ。1969年、『ガロ』に掲載された「庄助あたりで」でデビュー。
高校卒業後の1967年に上京し、「ガロ」を中心に青年期の苦悩や宮沢賢治的な幻想的作品を描く。
同時期に活躍した安部慎一、古川益三と共に「ガロ三羽」と呼ばれ、
70年代「ガロ」の中心メンバーとなった。
独特の作風は影響力が非常に強く、その影響は読者や漫画家だけでなく、友部正人、あがた森魚、シバ、ムーンライダース、森田童子、たま、など翁ニ作品にインスパイアされたミュージシャンも数多い。
ちなみに友部正人の代表曲の1つである『一本道』は、翁二の『マッチ一本の話』をイメージしたと友部本人が語っている。
また、鈴木翁二本人もミュージシャンとしてライブ活動などをおこなっている。
『透明通信』他数作はカルメ・コウチ名義で発表。その後、『透明通信』は鈴木翁二名義で青林堂から刊行されている。
1980年代に北海道に移住。1990年に劇団・少年王者舘により「『マッチ一本の話』が舞台化。
作・演出は天野天街。1994年には映画『オートバイ少女』がガロシネマ
第一回作品として公開。監督はあがた森魚、製作・プロデューサーは当時の「ガロ」編集長であり青林堂社長の山中潤。
鈴木翁二は原作だけでなく脚本にも携わった。
現在も漫画家、ミュージシャンとして活動中である。
代表作に『マッチ一本の話』『透明通信』『東京グッドバイ』『オートバイ少女』など。
 
*********
[編集] 最盛期の執筆陣

五十音順
* 安部慎一『やさしい人』
* 内田春菊『南くんの恋人』
* 蛭子能収
* 白土三平『カムイ伝』
* 杉浦日向子『合葬』『二つ枕』
* 鈴木翁二
* 滝田ゆう『寺島町奇譚』
* つげ義春『ねじ式』(『ガロ増刊・つげ義春特集』)
* 永島慎二『フーテン』『漫画家残酷物語』
* 林静一『赤色エレジー』
* みうらじゅん『単になんぎなうし』『アイデン・アンド・ティテ』
* 水木しげる『鬼太郎夜話』など


[編集] その他の執筆陣
五十音順
* あがた森魚
* 赤瀬川原平
* 荒木経惟(写真)
* 石ノ森章太郎
* 糸井重里
* 鴨沢祐仁
* 唐沢商会(唐沢俊一+唐沢なをき)
* 唐沢なをき
* 川崎ゆきお
* しりあがり寿
* 辰巳ヨシヒロ
* たむらしげる
* ひさうちみちお
* 森雅之
* 湯村輝彦
* 渡辺和博
など
--
◎  SPACE【樂游館】 (スペースらくゆうくわん)
《人生を樂しみ、人生を游学す、そんな人達の文化の館なり》
◎  〒479-0862 常滑市小倉町5-84
   (名鉄常滑線=大野町駅下車7分)
  ●開館時間=10:30~17:00(秋期~冬期) ●休館日=月・火
◎ TEL.FAX.0569-44-2550
◎ 携帯:090-1471-5219
◎ mail: rakuyukwan@estate.ocn.ne.jp
◎ http://rakuyukwan.web.fc2.com

樂游館

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大野町のギャラリー情報 jun.2007

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「伊奈正彦 絵画展」~世界所々の景色の水彩画
入場無料
6月まで(9:30~16:30/土日休み)
はっぴい広場(大野町7-65・0569-42-4801)

はっぴい広場


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「赤と黒の三人展 溝口紫万子 青沼玲子 青沼淳之助」
モロッコのスケッチ画・書と陶器・バック等小物の展示販売
入場無料
6/6日(水)~24(日)(10:00~16:00/月火休み)
大野町きょう屋(大野町6-56・0569-42-1301)

大野町きょう屋


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最も中国で成功した産業人「石井次郎」氏は大野町生まれ

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石井次郎氏は1940年常滑市大野町生まれ。
1965年単身ロシア鉄道を経て欧州へ。波乱万丈な生活を送りながら、経営を学ぶ。
1979年香港を拠点に企業経営、1989年天安門事件をきっかけとして中国に進出。
1992年中小企業の中国進出をサポートする「テクノセンター」を設立し、
現在も数多くの中小企業の支援を行っている。
1997年からブラジル、2002年からロシア極東、2006年からモスクワを中心に活動中。

以前、私も中国でお会いしたことがあります。
眼がキラキラ輝いていて、すごくバイタリティがあり、元気を頂けた記憶があります。
下記の書籍は氏の半生を描いたものです。
子供の頃過した大野町のことも少し書かれています。
大野の海岸から外国に向かう船舶を見て、海外にあこがれたとのことです。

望郷と訣別を―中国で成功した男の物語 望郷と訣別を―中国で成功した男の物語
佐藤 正明 (2003/06)
文藝春秋

この商品の詳細を見る

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復活!聖はじめライブ

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6月23日(土)19:00より大野町きょう屋にて、「聖はじめライブ」が開演。
東京ドーム公演時の美空ひばりのような衣装を纏ったエンターティメントのはじめちゃん、
素晴しい美声であらゆるジャンルの名曲を披露。木須君のピアノも観客を魅了。
トークもおねえキャラでおもしろく、へたな若手芸人より受けまくり。
先日某市会議員立候補者のウグイス嬢をした話をしたら、観客から、「とってもよかったよ~」の声。三時間ぶっ続けでウグイスした事も笑いをまじえて告白。見事当選したのも彼のおかげかも。


イベント会社「聖企画」
各種イベントやパーティから結婚式まで楽しいミュージシャンや司会などを派遣。
病院・施設等の慰問も行なっています。

代表&ミュージシャン 聖はじめ
住所 503-0899大垣市錦町16
tel&fax 0 584-81-4225
携帯 080-1608-5666
e-mail hijiri-kikaku@sky.plala.or.jp
url http://ameblo.jp/hijiri-kikaku

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知り合いが驚いた「何気ない大野の光景」

神社仏閣に興味のない友人が大野町を歩いて、驚いたところを紹介します。
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「大野には所々に足跡の印がある。どうして?不気味~」
「只の、歩行者一旦停止の表示だよ」

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「わー、宇宙人の親子だあー、おもしろーい」
「歩行者専用道路の表示。でも言われてみればそう見えるなあ」
何気ない日頃の光景も、よその土地の人から見るとめずらしいこともあるんですね。

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或る歴史ファンが絶賛した、意外な「蔵」

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大野町には「蔵」が多い。立派な「蔵」が一杯ある。
しかし、或る歴史ファンは、数多くある「蔵」の中から、意外にも、この土がさらけ出た今にも壊れそうな「蔵」を絶賛した。
私はこの「蔵」のことは全く知らなかった。ただの壊れそうな建造物という認識しかなかった。
彼はこの「蔵」に魅了し、何度もカメラのシャッターを切った。
そして、私にこの「蔵」のこと調べてほしいと頼んでその日が過ぎた。
三年前の古今散策の出来事。
その後分かったのは、昔味噌たまりを造っていた三河屋さん所有の蔵ということだけ。
言われてみれば、めずらしい「蔵」だ。完全に土がさらけだした状態の「蔵」は他に見たことがない。しかし、いくら調べても文献などないし、全く話題にもなっていない。
本当にそんなにすごい「蔵」なのだろうか?
どなたか何か御存知の方見えませんか。

あれ以来、未だ彼とは再会していない。

意外な蔵



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