歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

セントレアのちょっと北「愛知県常滑市大野町」のまちおこしブログ

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尾張の殿様が絶賛した大野名物「一口香」

一口香

萬治2年(1659年)、尾張二代藩主・徳川光友侯が当地
大庄屋・平野彦左衛門氏宅へ潮湯治(海水浴)に御滞在
の折、当地名産「芥子香」を献上しました処、大変お気
に召され、一口食べると香ばしい味わいがする故、以後
「一口香」と申す様にと名前を頂戴しました。
それ以来、「一口香」は大野名物となり、十幾店もが製造
販売していましたが、現在は風月堂一店のみに・・・。
お茶菓子に最適です。ぜひ一度ご賞味あれ。

風月堂

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第8回尾張大野古今散策PR

尾張大野古今散策は、毎年10月第3金土日に行われ、第8回を数える今年は、10月20日(金)~22日(日)に開催されます。
空き店舗や古民家を利用し、町中に、作品展やバザー等のお店が立ち並びます。
また、スタンプラリー・ガイドヘルパー付歴史散策ツアー・モデル撮影会等、色んなアトラクションがあります。
まじ楽しめますよ。ぜひ予定されてみては。
問い合わせは大野コミュニティ(0569-42-1307)まで。

8回古今ポスター

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「鰻(うなぎ)の寝床」

大野町の街中には、京都を思わせる'町屋造り'の古い民家が多くあります。
格子のある間口は狭く、奥行きが長いその造りは、「鰻(うなぎ)の寝床」とも呼ばれています。
町屋造り

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伊勢湾を望む1

大野町は知多半島の中西部に位置し、伊勢湾を一望することができます。

伊勢湾上の中央に「伊勢湾灯台」があります。
灯台の向こうには、四日市の煙突や石油コンビナートが見えますね。
伊勢湾灯台の発電所が、海底ケーブルを辿って、
大野町の隣・西之口にあることは意外と知られていません。
伊勢湾灯台

伊勢湾灯台の横に「伊勢湾シーバース」が見えます。
タンカーはあえて港まで行かず、ここで石油を供給し、海中のパイプを辿って、
直接、知多市の石油精製会社に届くようになっています。
伊勢湾シーバース

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伊勢湾を望む2

伊勢湾の北側を眺めると、
長島温泉の遊園地(ホワイトサイクロン等)や
長島遊園地

名港トリトンが見えます。
名港トリトン

二ヶ所とも、ライトアップされていて、夜景もきれいです。
長島温泉の花火も大野町からはっきり見えます。
でも正直、大きく見えないので望遠鏡で見ることをお勧めします。
手前は、大野海岸で、ウインドサーフィンを楽しむ若者達です。

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新美南吉の童話「おじいさんのランプ」の舞台は大野町

おじいさんのランプ

新美南吉童話の代表作「おじいさんのランプ」は、主に明治時代の大野町が舞台になっています。
当時の大野町の繁栄振りが書かれています。
上の写真は料理旅館恩波楼さんの玄関です。館内には、当時のランプが展示してあります。
ランプ
また、主人の加藤さんは大野の歴史に大変お詳しく、
時間があれば、有意義なお話を聞かせて頂けます。
恩波楼主人

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光アートと尺八・筝のコンサート

光アートと尺八・筝のコンサート

9月15日18時より、樂游館(らくゆうくわん)さんにて、光アートと尺八・筝のコンサートが行われました。幻想的な空間ととても心が落ち着く演奏で、来場者の皆さんを魅了しました。
9月23日にも盲目のヴァイオリスト・穴澤雄介のコンサートがあります。

樂游館(らくゆうくわん)さんは、「まつや別邸」として、昭和初期に建設された和洋折衷の素晴らしい建物です。次回その説明をします。

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アクセスマップ

大野町へのアクセスマップです。お越しの際は参考にしてください。
アクセスマップ

このアクセスマップは、樂游館(らくゆうくわん)の岡さんから拝借したものです。

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昭和初期の名館を復活!樂游館(らくゆうくわん)

rakuyuukuan
地元の足袋会社「まつや」が客人をもてなすため、昭和初期、「まつや別邸」は建てられました。この館は、外観と内部が西洋風と和風建築に分かれており、往時のハイカラ趣味が今も残っています。この素晴らしい建物が、2006年の今年、樂游館(らくゆうくわん)として一般に開放されました。
rakuyuukan3.jpg rakuyuukan2.jpg rakuyuukan4.jpg
入場無料。美術品の常設展もあります。ぜひ一度お越しになってみては?
作品展・音楽会・講演・お茶会・教室又は会食の場にもご利用できます。
常設展

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清水次郎長一家28人衆に大野出身者が二人もいた!

幕末の侠客・清水次郎長親分はご存知ですよね。
その子分達の「清水次郎長一家28人衆」の中には、なんと大野出身者が二人もいます。

大政(写真左)と尾張大野の鶴吉です。
大政 尾張大野の鶴吉

大政は、次郎長一家一の子分として有名ですね。実名は原田熊蔵といい、大野の廻船問屋の長男に生まれました。人柄は温厚で、子分たちの間でも人望があつく、次郎長の後継者として、山本政五郎の名で入籍し養子となっています。
尾張大野の鶴吉は、あまり武勇談は伝えられていませんが、かなりのどもりだった森の石松の通訳代わりだったというユニークなエピソードを持ちます。

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家康も賞賛した、平野邸ビャクシンの木

ビャクシンの木

平野邸(大野町6-39)にあるビャクシンの木は徳川家康が賞賛したほどの名木です。
昭和4年発行の「大野町史」によると「この地方の大庄屋平野家に徳川家康が二度来宿。
その都度此樹につきて賞賛を得たり」と記されています。
樹齢600年以上樹高15.0m幹周4.0m。樹勢はかなり旺勢であり、
樹木では数少ない、県指定天然記念物になっています。

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