

直接な大野町の話題ではありませんが、同じ市内の大きなイベントなので紹介します。
毎年8月末の土日、常滑競艇場等で、常滑焼まつりが開催されます。
地場産業の焼き物販売や色々なイベントがあり、人が賑わいます。
写真は、競艇場の水面が光る花火と、IWCATという地元国際交流団体が主催している外国人陶芸家達の作品展示です。
内宮御祭宮社(写真)は、11代垂仁天皇の御代に、倭姫命(やまとひめのみこと)が天照皇太神を奉じて、この大野に三ヶ月停まり、その後、伊勢の地に遷りました。
そこで、この宮は元伊勢と称されています。
倭姫命は垂仁天皇の皇女であり、日本武尊(ヤマトタケル)の叔母にあたります。
邪馬台国畿内説では倭姫命が卑弥呼とされています。

そこで、この宮は元伊勢と称されています。
倭姫命は垂仁天皇の皇女であり、日本武尊(ヤマトタケル)の叔母にあたります。
邪馬台国畿内説では倭姫命が卑弥呼とされています。

大野町から二つの城が見えます。大野城と大草城です。

大野城

大草城
大野城は、佐治家最後の城主・佐治與九郎の妻・小督(おごう)が有名です。浅井長政正室の小市の方(信長の妹)の三女。秀吉の命で、後に離縁し、秀吉の子・秀勝と再婚。秀勝の死後、徳川秀忠と再々婚。三代将軍・家光の実母です。
大草城は、信長の末弟・織田有楽(うらく)が城主なるはずでしたが実際は城壁のみで完成はしませんでした。有楽は戦を好まず、江戸に入ってお茶を嗜み、有楽流を創始。現在の東京の「有楽町」は彼の名から、「数奇屋橋」は彼の数奇屋造りの茶室からとったものです。

大野城

大草城
大野城は、佐治家最後の城主・佐治與九郎の妻・小督(おごう)が有名です。浅井長政正室の小市の方(信長の妹)の三女。秀吉の命で、後に離縁し、秀吉の子・秀勝と再婚。秀勝の死後、徳川秀忠と再々婚。三代将軍・家光の実母です。
大草城は、信長の末弟・織田有楽(うらく)が城主なるはずでしたが実際は城壁のみで完成はしませんでした。有楽は戦を好まず、江戸に入ってお茶を嗜み、有楽流を創始。現在の東京の「有楽町」は彼の名から、「数奇屋橋」は彼の数奇屋造りの茶室からとったものです。
夏と言えば、海水浴シーズンですね。
大野海水浴場は、なんと世界最古の海水浴場です。
1162年(応保2年)鳥羽法皇の和歌所寄人であった鴨長明が大野に訪れ、
「生魚の御あへもきよし酒もよし大野のゆあみ日数かさねむ」と詠みました。
当時は汐湯治と呼ばれ、800年以上の歴史を持つ世界最古の海水浴場なのです。
名古屋からも近く、セントレアにも最寄。駐車場代は800円と安い(内海方面は1,500円)。
今度いかがですか?

下の写真は戦前の大野海水浴場です。

大野海水浴場は、なんと世界最古の海水浴場です。
1162年(応保2年)鳥羽法皇の和歌所寄人であった鴨長明が大野に訪れ、
「生魚の御あへもきよし酒もよし大野のゆあみ日数かさねむ」と詠みました。
当時は汐湯治と呼ばれ、800年以上の歴史を持つ世界最古の海水浴場なのです。
名古屋からも近く、セントレアにも最寄。駐車場代は800円と安い(内海方面は1,500円)。
今度いかがですか?

下の写真は戦前の大野海水浴場です。

ブログ開始です。
愛知県常滑市にある「大野町」のまちおこしの一助になればと思い、始めます。
タイトルに「歴史とロマンの町」とあるように、大野町は古い町です。
鎌倉時代から町が栄え、城下町として発達し、神社仏閣が多い。
民家も京都を思わせる町屋造りが今なお点在。
海岸は、鴨長明が句を詠んだという世界最古の海水浴場。
海運業が発達し、大野鍛冶・大野谷虫供養など歴史的産業文化も存在。
歴史ファンから言わすと大野町はかなり評価の高い町だそうです。
私が子供(昭和40年代)の頃も町は賑わっていました。
しかし、現在の町の元気のなさは、正直、目を覆いたい気持ちです。
海水浴客は内海方面にとられ、基幹産業だった紡績会社も今は皆無。
商店街も空き店舗が増え、人も少なく寂しく感じます。
大野町駅は、特急電車が停まらなくなり、無人駅になってしまう始末。
時代の流れかも知れませんが、残念でなりません。
何とかならないと思うのは私だけでしょうか?
そうだ!ブログで「大野町」の良さを紹介することで、まちおこしができないだろうか?
そんな訳でブログ始めます。
ホームページもありますので、よろしく。

愛知県常滑市にある「大野町」のまちおこしの一助になればと思い、始めます。
タイトルに「歴史とロマンの町」とあるように、大野町は古い町です。
鎌倉時代から町が栄え、城下町として発達し、神社仏閣が多い。
民家も京都を思わせる町屋造りが今なお点在。
海岸は、鴨長明が句を詠んだという世界最古の海水浴場。
海運業が発達し、大野鍛冶・大野谷虫供養など歴史的産業文化も存在。
歴史ファンから言わすと大野町はかなり評価の高い町だそうです。
私が子供(昭和40年代)の頃も町は賑わっていました。
しかし、現在の町の元気のなさは、正直、目を覆いたい気持ちです。
海水浴客は内海方面にとられ、基幹産業だった紡績会社も今は皆無。
商店街も空き店舗が増え、人も少なく寂しく感じます。
大野町駅は、特急電車が停まらなくなり、無人駅になってしまう始末。
時代の流れかも知れませんが、残念でなりません。
何とかならないと思うのは私だけでしょうか?
そうだ!ブログで「大野町」の良さを紹介することで、まちおこしができないだろうか?
そんな訳でブログ始めます。
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