歴史とロマンの町 大野町へ行こう!

セントレアのちょっと北「愛知県常滑市大野町」のまちおこしブログ

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大野の「大政」を追え! 1

”大政は、大野の廻船問屋の長男に生れ、実名は原田熊蔵。”

以前、このブログで、あの清水次郎長の子分「大政」が大野出身であることを紹介しました。
大政こと、原田熊蔵が長男として生まれた「大野の廻船問屋」とはどこの廻船問屋なのか?
実は、ある人の出会いが元で、今このことの真相を追ってます。
しかし、思いのほか困難を要し、なかなか結論が見出せません。
このブログを通して、多くの皆様の情報も得たいと思い、記事を書きます。
どんな小さな事でも構いませんので、皆様からの大野の「大政」の情報、お待ちしています。
大政

ある人の出会いは今年の9月。丁度2ヶ月前。
知り合いの某市議会議員の人から
「客人が来てる。大野の歴史について訊きたいからすぐ来て!」
言われるままに、行くとその「ある人」は居ました。
ある人とは半田在住のルポライターのNさん。
特に、陽の目に当らない任侠について執筆されてるとのこと。
「まちおこしに”大政生誕の地”の石碑を大野町に造りませんか?」
「えっ?」
私は彼の発言に驚きました。
(つづく)

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大野の「大政」を追え! 2

「大政生誕の地の石碑」を大野に建てよう!

Nさんは半田の郷土史に大変お詳しく、地元の人でもよく知らないことを調べては、結果として観光客を増やすことができたという実績を持つ方です。
確かにメジャーな「大政」の生誕の地の石碑を建てれば、観光名所の一つになるでしょう。
清水市の次郎長親分の生家の所にも石碑は建っていて観光名所になっています。
DSCN2675.jpg

大野にも、「呼吸千里の碑」と「芭蕉の句碑」という歴史ある石碑はありますが、文字が全く読めないほど老朽化していて、現在、観光的意味合いをあまり成し得ていません。
Nさんは、次郎長が知多半島に来た時のことを調べていて、次郎長が大野の賭場で大儲けしたことや、大野で行った相撲興行で次郎長と大政が知り合ったことなど教えてくれました。
しかし、それがどこなのか、大政の生れた廻船問屋はどこなのか未だ判らず、現在調査中とのこと。
私は彼に協力することにしました。
早速、その場で電話帳で調べる。大野に原田はない。
ゼンリン地図でも調べてみる。やはり原田の姓の家はない。
引越しちゃったのかな?
この日から、私の大政大捜査が始まりました。

~皆様の大政生誕の情報お待ちしております。~

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大野の「大政」を追え! 3

追跡!追跡!追跡!

ネットや色んな書物を調べたが、「大野湊の廻船問屋の長男・原田熊蔵」以上のことは出てこない。
後で大野に二軒原田姓の方がいらっしゃることがわかったが、引っ越してこられた方で関係ない。
大野の廻船問屋は中村権右衛門が有名だが、原田という廻船問屋は大野の資料にはない。
大野の歴史に詳しい人に何人か伺っても、誰一人知らない。
知らないどころか、全員が驚いた表情を示す。
次郎長の子分の中に「尾張大野の鶴吉」という大野出身者がもう一人います。
その子孫の方なら、大政に関する何らかの情報をもっていると思い、伺ったが、やはり同様。
本当に大政は大野出身だろうか?
知り合いのTさんに江戸時代後期の大野のゼンリンみたいな地図を見せて頂く。
edooono.jpg

当り前だが原田熊蔵の名はない。
待てよ。この時代だから、殆どの人が苗字がない。
大政は1831年生まれの平民。
原田姓は1968年の明治以降につけられたんだ!
若い頃勘当された身だから、大野の人は、原田熊蔵=大政を知らない。
追跡は続く。
sshimizu1.jpg
清水次郎長一家28人衆の写真。後列左4人目が大政。

~皆様の大政生誕の情報お待ちしております。~

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大野の「大政」を追え! 4

「大政」が縁で、食べた団子は美味しかった。

「大政の出生を調べている人がいるよ。」
という情報を聞き、藁をもすがる思いで、その人に会いにいきました。
その人は、常滑のやきもの散歩道で「だんご茶屋」を営んでいる村田さん。
散歩道のCDを作ったり,TV局に散歩道を舞台としたドラマを売り込んだりするなど、まちづくりで頑張っている方です。ネットで大政が常滑出身ということを知り、何とかまちおこしに利用できないかという事で「大政」を調べてるそうです。
しかし、私と同じでやはり、まだ調査中で、結論まで到着していませんでした。
お互い、情報を交換しあったり、今後の対策を考えたりしました。
「大政」に辿り着くのはまだまだ先のようです。気長にやったほうがいいのかな。

団子は醤油味でこんがり焼きたて。一本60円。とても美味。
店内は、常滑の方言や有名人の情報や、TV関係者の色紙が所狭しに貼られている。
ウド鈴木が2度も訪れたそうで、もうすぐ坂東英二も取材に来るとか。
散歩道のCDを試聴させて頂く。郷愁をさそういいメロディ。
村田さん作詞で、プロのきくち寛が作曲・歌。1000円で販売。
満喫したひととき。これも「大政」のお陰?

~皆様の大政生誕の情報お待ちしております。~danndogyaya.jpg

danngo.jpg

だんご茶屋:常滑市栄町4-11(焼き物散歩道Aコースの途中)
TEL;0569-34-3794営業時間;9:00~17:00休日;不定休

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大野の「大政」を追え! 5

大政が大野出身である根拠

どうして大政が大野出身であることがわかったんだろう?
疑心暗鬼になりかけている私は、もう一度Nさんに確認してみました。
Nさん曰く、清水次郎長の養子になった天田五郎の聞き書きによって出版された「東海遊侠伝」に因るところだそうです。
そこには、弘化3年(1846年)8月上旬、次郎長は、大野湊で博打を打ち、大儲けをします。そして、大野のヤクザと喧嘩をする羽目になります。次郎長一人に対し、相手は多勢。相手の名は佐源次。子分は秀五郎・竹五郎・松五郎・由太郎。喧嘩は次郎長が勝ちます。それを一部始終見ていた大政は次郎長に惚れ、その日から子分にしてもらい、大野から離れることになります。
「東海遊侠伝」は次郎長を美化するために多少の脚色や誇張はあります。しかし、作り話はなく、この出来事・この人物は本当だろうとのこと。
この年、次郎長27歳、大政15歳。時代考証も合います。
大政が大野出身だという可能性はかなり高いと私も思います。
しかし、
「大野の廻船問屋の長男で原田熊蔵」の存在は未だ確認できてません。

東海遊侠伝 天田五郎
写真は「東海遊侠伝」とその筆者・天田五郎

~皆様の大政生誕の情報お待ちしております。~

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大野の「大政」を追え! 6

baiinji1.jpg清水へ行く 1

ゴールデンウィークの休みを利用して、
次郎長の故郷・清水へ行ってきました。
旅行ガイドブックを頼りに、次郎長や子分の眠る梅蔭禅寺や次郎長生家・船宿末廣を回る。
大政の生誕の足がかりを求めて・・・。
(右の写真は、梅蔭禅寺にある次郎長の像)

最初に、梅蔭禅寺へ。
ここには次郎長博物館もあり、拝観しました。
たまたま、客は私だけ。
拝観後、一人寂しく椅子に座っていた、受付兼売店販売員の女性に話をかけてみました。
「あのう、次郎長さんの子分・大政についてお訊きしたいのですけど、よろしいですか?」
「はい、私は50年間ここで働いているから、大丈夫ですよ。」
「そうですか。大政の産まれた故郷はどこでしょうか?」
「・・・」女性は一瞬に困惑した表情に。
「実は私の故郷が大政の産まれ故郷じゃないかという話があったので調べてるんです。でもはっきりしないものですから、お訊きした次第です。」
「うちの館長に訊いてみます。今日は不在ですので、連絡先を教えて下さい。」
「ありがとうございます。」
私は自分の連絡先を教え、ついでに、売店に売っていた次郎長を研究している人が書いた書籍を購入し、寺を後にしました。
翌日、その購入した書籍の筆者から、私の携帯に直接連絡頂けるとは、その時全く予想もしませんでした。
(つづく)



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大政の墓

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50年ここの受付をしている青木さん。お世話になりました。

~皆様の大政生誕の情報お待ちしております。~
  

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大野の「大政」を追え! 7

清水へ行く 2

このコーナー、随分、無沙汰しました。
前回(清水へ行く1)から半年以上、間がありますね。
すみません。

梅蔭禅寺に訪れた翌日、身知らぬ電話番号が私の携帯電話を鳴らす。
連絡頂いたのは、田口英爾さん。
歴史作家であり、次郎長博物館の館長を務め、梅蔭禅寺の住職の次男に生まれた方です。
私は、早速の連絡で恐縮しっぱなし。
大政の情報を伺う。
田口さんが過去に大政について書かれた新聞の記事を送ってくれることを約束頂く。
後日送って頂いた記事が、これです。
逆に大政について色々教えて下さいと言われ、またまた恐縮。
いつか直接お会いしたいなと思いました。

話は前後しますが、梅蔭禅寺に行った後は、次郎長生家と末廣に行きました。
(つづく)

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大野の「大政」を追え! 8

清水へ行く 3

梅蔭禅寺のあと、次郎長生家・船宿末廣をまわりました。
結果から言うとそこから「大政の出生地」の新しい情報は特に得られませんでした。
それでも、船宿末廣で働いていた女性(Mさん)は、私の問いに親身になって対応して頂き、
その時私が自身の会社の名刺を渡したので、後日、彼女から会社の方にfaxが届きました。
市の観光課の職員に問い合わせたりして色々調べて頂いたとのこと。
そして今後新しい情報が得られればご連絡頂けるとも。
本当に恐縮です。
彼女は、次郎長とガンダムが好きな、とても気立てのいい女性です。
記念に彼女の写真を撮らせて下さいとお願いしましたが恥かしがられて断られちゃいました。
聞いたところ、まだ独身とのこと。
良縁に恵まれることを祈念します。

だけど、相変わらず結論まで到着できないなあ。
ここまで難題だとは当初思ってなかった。
しかし、大政を通して色んな方と出会える。
これはこれで良しとしよう。
(つづく)

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次郎長生家

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次郎長一家の写真。あれっ?大政と小政の写真が逆になってる。

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次郎長の妻お蝶が経営してた舟宿末廣

suehirooomasa
末廣には次郎長に関係する人の写真が・・・勿論大政もあります。

suehrooomasa2.jpg
大政の紹介。’大野湊(現愛知県常滑市大野町)の廻船問屋に生まれる。’と書いてほしい。

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